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山路やまみちを登りながら、こう考えた。
に働けばかどが立つ。
じょうさおさせば流される。
意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。
とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三軒両隣りょうどなりにちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容くつろげて、つかの命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命がくだる。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑のどかにし、人の心を豊かにするがゆえたっとい。

– 夏目漱石 –

明治39年(1906年)

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